私がコンサルタントになった理由

私・堀田周郎(ほりたのりお)は、従来からのマーケティングにブランディングの概念を加えたアドバンテージマーケティングの手法を使って「価格競争なしでお客様から選ばれる仕組みづくり」や「広告代理店に頼らず自社でつくるブランディングの方法」を中小企業や個人商店の皆さまにお伝えしたいと思っています。

ただ、その前に
皆さまにお話しなければいけない事があります。

2016年8月20日、私は祖父の代から66年続いた播州ハムという会社を閉じました。この話を避けて、マーケティングやブランディングの話を語ることは難しいと思っています。長文になりますがご一読いただければ幸いです。

 

阪神淡路大震災

1981年。甲南大学卒業後、私は家業である播州ハムに入社しました。
播州ハムは1950年(昭和25年)にハム屋として祖父・堀田保次郎が創業しました。しかし、戦後間もない当時は「より安く、より大量に」といった考え方が主流で本格的なハムは売れず、私が入社した頃には食肉パックの卸売が主な業務となっていました。

もう一度、「ハム屋」として復活したい。
その想いからハムづくりの修行を続けました。しかし、満足できるハムやソーセージはつくれるようになったものの、地方の小さな会社の製品を知って頂く手段やお金はなく、悔しい思いの毎日を過ごしました。

そんななか、1995年1月17日。
あの忌まわしい阪神淡路大震災が発生しました。

この地震は私にとって人生の大きな転機となりました。
友人の家族が死んだり、友人の会社社屋が倒壊したのを目のあたりにして「いつ何が起こるか分からない。自分の正しいと思うこと、楽しいと思うことを仕事にして 人生を全うしたい」と強く思うようになりました。

また、地震がきっかけでもうひとつ大きな転機がありました。
当時、青年会議所に所属していた私は震災ボランティアをしている時にパソコン通信という情報伝達手段に出会いました。趣味としてパソコン通信を始めたのがきっかけとなり、1997年7月 インターネット通販を開始。当時はまだ、ネット通販自体が珍しかったので多くのマスコミで取り上げて頂き、日経ネットショップランキングの食品部門1位を獲得するなど大きく世間に露出することができました

 

「運良く」ではなく「狙って」

それまでの「良い商品を作っても、売る場所がない」という問題はこれで一気に解決しました。インターネットは神様からの贈り物だと思いました。しかし、ネット通販は大手企業が本格的に参入すれば、我々小さな会社はひとたまりもないと考え、2000年頃からブランディングを意識するようになりました。

ブランディングの必要性を意識してからは「運良く」ではなく「狙って」認知度を上げていくことを考えるようになり、様々な手法を模索しました。

当時視聴率が高く人気番組だった「どっちの料理ショー」に特選素材として選出されたことは成功事例のひとつと言えます。この番組には「狙って」取り上げて頂きました。そのほか、権威ある日経新聞の「ごちそうハムランキング」で1位に選ばれたのは予想外の出来事でしたが、その前段階として日経新聞に播州ハムという存在を知ってもらうために「狙って」行動していました。

2006年には蓄積したノウハウを使って、地元のB級グルメであった姫路おでんのブランドづくりのお手伝いをする事もでき、再現性のあるブランディング手法を確立したと確信しました。

 

ハム屋を閉店した理由

しかし、2016年8月20日。
ハム屋を閉店しました。

お客さまや取引先からは
「なぜ? 信じられない」という質問を異口同音に頂きました。

 

実は、播州ハムの経営は1995年の地震の後、大きな赤字に転落し、もしもネット通販に出会っていなければ2000年頃には倒産していたかもしれない状況でした。その後は少しずつ回復し、2008年のリーマンショックの年には近年最高益も出すことができましたが、2014年~15年の2年間で原料費や運賃が場合によっては2倍以上に高騰し、商品を値上げしても全く追いつかない状況になってしまいました。

悩み抜いた末、「品質を落としてお客さまを裏切りたくない」「キャッシュに余裕がある今なら、得意先や銀行に迷惑掛けることなく閉店が可能」「従業員のリストラや大幅な給与引き下げより、好条件の再就職先を探す方が得策」と考え廃業を決断しました。

このホームページでは、「価格は高く設定しろ」というブランドの教科書に書いてあるフレーズが出てきますが、ブランディングを始めた当初は、私自身がその考え方を理解できずに、商品開発当初に余裕を持った値付けができなかったことが失敗の原因だったと思っています。

ブランドを意識し始めてから、ブランドらしきものができるまでに 無駄な回り道や失敗をいっぱいしてきました

もし、あの頃に戻って 「最初からこうすれば、もっと短期間で正しいブランディングができるよ」と当時の私にアドバイスできたら・・・と考える事があります。過去の自分はどうしようもありません。

でも、皆さまにはそんな回り道はして欲しくない。そんな思いがあって「コンサルタント」という道を選びました

 

廃業の理由は他にもあります。
例えば、弊社は60歳の定年後も希望すれば70歳を過ぎても働くことができました。これは定年後の安い給料で優秀で帰属意識の高い人材を確保できた反面、次の時代を担う人材確保ができなかった結果につながってしまいました。そういった人づかいの面での甘さや、コスト高のこだわりのハムづくりに固執したのは経営者として失格だったのかもしれません。

しかし閉店告知の際には、ブランディングができていたおかげで、 小さな会社の閉店というニュースがマスコミで大きく報道され、在庫はすべて完売

これまでお世話になった取引先や銀行に不義理することなく清算でき、従業員さんへの退職金に加えてパートさんにも慰労金を渡すことができました。フェイスブックを使って友人、知人が「従業員・パートの再就職先募集」の情報を拡散してくれたことにより、希望者全員の再就職が決まりました。ありがたい事にM&Aの打診も複数頂く事ができました。

今、思い返しても、感謝感謝の日々でした。

 

[参照]  閉店から1年後のブログ「ブランドで大切なもの・信頼」

 

コンサルタントとしての出発

閉店後は、2016年12月に有限会社播州ハム工業所をHAM株式会社に商号変更し、これまでのノウハウをアドバンテージマーケティングという名前の手法にまとめてコンサルティング活動や講演活動を行っています。

 

ハム屋時代には、こうした手法を語ることは自社のブランディングにとってマイナスになると考え控えてきましたが、今後はコンサルタントとして「本音の話」「隠すところなく」お伝えしたいと思っています。

また、「コンサルの提案は、理屈では分かっても自分の会社に落とし込むのは無理」とおっしゃる経営者の方の気持ちをよく理解できるのも、私の強みだと思っています。

私は、学者や評論家ではないので実体験に基づいた話しか語れません。
「うちは小さな会社だから関係ない」と言う社長さんには、大企業より中小企業や個人商店の方がブランディングしやすいという事実を、「うちは企業間取引だから」「うちは特殊な業種だから」と言う社長さんには、ブランディングのメリットは知名度向上だけでなく、価格競争からの脱却、信用力の向上、雇用対策の改善にも役立つという事実を知っていただきたいと思っています。

かっての私のように「今悩んでいる」社長さんにブランディングを通じて、商売人、ものづくり人としての「誇り」を取り戻していただきたい。この国を根っこから支えているのは自分たちだと胸を張っていただきたいと思い、全力でこの仕事に取り組んでいます。何卒、よろしくお願いいたします。

 

自己紹介
まちづくり人
私がコンサルタントになった理由

 

独自の価値を見つけ、一歩抜け出す仕組みを創る「アドバンテージマーケティング」 価格競争なしで選ばれるための仕組みづくりや、インターネットやマスコミを利用 したブランディング手法を分かりやすくコンサルティングいたします。
兵庫県姫路市久保町 121
HAM株式会社
代表取締役
ブランディングコンサルタント・堀田周郎
TEL(079)289-2929 お問い合せはこちら
堀田周郎
堀田周郎(ほりたのりお)

1958年、兵庫県姫路市生まれ。マーケティング手法にブランディングの概念を加えた「アドバンテージマーケティング」を提唱するコンサルタント。この手法を用いて、ご当地グルメの姫路おでんや、地元ですら無名だった播州ハムを全国ブランドに押し上げた。

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堀田周朗がコンサルタントになった理由

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